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第1章:妊婦の葛藤とヒトガタ生命体 |
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とにかくひなは、病院が嫌いだった。
どんなに具合が悪かろうと、我慢の限界を超えるまでは決して病院に行かなかった。
それがもとで結構イタイ目にあったりもしたのだが、懲りる事はなかった。
だがしかし、今回ばかりは病院に行かないわけにはいかない。
自分自身はどうなってもあきらめがつくが、腹の子にまでは責任が持てない。
そうだ。今回は腹の子のために病院に行くのだ。
決して自分のためではない。
そんな無茶苦茶な理論を展開しつつ、ひなはダンナと一緒に近所のK産婦人科へ向かった。
ここのK産婦人科は個人病院の割には結構な設備も整っていて、医師や看護婦もみなしっかり者だという事もあり、
ひなは全面的に信頼をおいている病院だった。
診察の前の問診で「妊娠検査薬が陽性だった」と告げると、また尿検査とかをする必要もないという事で、
早速、内診が開始された。
しばらく超音波検査のモニターを見ていた医師が足元にかかっていたカーテンをちょこっと開け
「見えますか?ここに赤ちゃんがいますよー」
と、モニター画面を見せてくれた。
やっぱり子がいたのか・・・。
そう思いつつ画面を見てみるが。
「・・・どれですか?」
「うん、この袋。まだ人の形にはなってないんだけどね」
確かに袋しか見えない。
説明を聞くと、この袋の中にだんだんとヒトガタが現れるという。
何だか釈然としないまま内診も終わり、また2週間後に診察を受けるように言われて診察は終了した。
診察室から出てくると、ダンナは待合室のマンガを読みながら待っているのが見えた。
「んと、・・・いた」
ダンナの隣に座り、呟くように報告した。
ダンナはマンガから目を離し、やっぱり呟くように応えた。
「いたのか」
「うん、いた」
そして、沈黙。
後にダンナとその時の事を話したのだが、やっぱりひなと同じく実感がわかなかったらしい。
妊娠が発覚したと同時に「うわー!やったーー!」的な喜びがあふれるものだと思っていたのだが
どっちかというと、「これから何したらいいの?」的な戸惑いが大きかった。
今から思えば放っておいても腹で育つから何をする事もないのだが、いかんせんお互いに初めての妊娠体験だったから
どうしたらいいか分からなかったのだ。
しかもこの時にひなが目視したのは、ただの袋。
母になるという自覚どころか、妊娠したという実感すら湧いてこなかった。
ぼんやりと動揺している間に2週間は過ぎ、また検診の日がやってきた。
同じく超音波検査を受けていると
「お、だいぶ人っぽくなったよ」
と言いながらまた医師がモニターを見せてくれた。
そりゃー早いだろ。まだ2週間じゃん?とか思いつつモニターを見てみると・・・
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いた! |
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本当にヒトガタだよ!
頭がちょっとウド鈴木テイストなのも衝撃的だったが、何よりも自分の腹に別の生命体がいるという事が激しく衝撃だった。
しかもあぐらかいて座ってやがる。
動揺冷めやらぬ間にも、ひなは別室に通され、妊娠証明書とか何だかいろいろなプリントを持たされた。
「出産予定日は4月12日ですね」
プリントを渡しながら看護婦が告げた。
ぬぉ、あと6日遅く出ればひなと誕生日がおそろいじゃないか。
妙な連帯感を感じつつ、ひなは病院を後にした。
その足でもらった超音波写真を仕事中のダンナに見せに行った。
ダンナは食い入るように写真を見て、何ともいえないような嬉しそうな顔をした。
「これがさ、ひなの腹にいるみたいなのよ」
「うーん、正直、実感は湧かないんだけど、何だか嬉しいな」
それはひなも同じだった。
実感は湧かないけど、何だか嬉しかった。
家への帰り道、とりあえず何か美味しいご飯でも作ろうとスーパーへ向かう。
あぁ、ホントに妊娠しちゃったよ・・・。
そんな事を思いつつ、タバコに火をつけた。
・・・って待て。
妊娠したらとりあえず禁煙だろうよ!
禁煙・・・、もしかして、産むより辛いような気がするのは気のせいだろうか?
とにかく、吸うのはマズイ。たぶん、マズイ。
吸いたい気持ちを抑えるために無理矢理な努力をしてみた。
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無理矢理な努力の結晶
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これは結構効いた。
吸いたい気持ちになるたびにこのパッケージを見て恐怖におののいた。
おかげで、母子手帳の交付に役所を訪れる頃にはニ●レットなぞ頼る事なくキッパリと禁煙達成できた。
「ひな、頑張ったねー」
「うむ。殺人剤はさすがに口にできないもんな」
非常に晴れ晴れとした気分で、ひなはこれからの妊婦生活にのぞむ気になっていった。
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初めて見た腹の中の我が子。
実感は湧かないが嬉しがるダンナ、禁煙達成に勢いついてきたひな。
だがしかし。
そんなほのぼのとした状況を打ち破る事件が発生してしまう。
はたして無事に出産までこぎつける事ができるのか?!
次回「出産への道」は「強制入院」をお送りします。 |
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