ご 注 意

第3章には(グロではないけれど)不快に思われる表現等が含まれています。

●快適な妊婦ライフを送っておられる方
●快適な妊婦ライフを夢見ておられる方
●胸の中に黒い何かが芽生えるのが嫌な方
●「あんたにシリアスは似合わねぇだろ」と思っておられる方

上記に一つでも当てはまる方は、申し訳ありませんが第4章まですっ飛んでください。
☆第4章への緊急脱出口☆
読まなくてもこの先の話に一切の支障はありません。
また、第3章は、あくまでも自分の心の自浄作用の一環として書くことを決めた文章であり
読んでくださる方が楽しい気持ちになるように書かれた文章ではありませんので
内容についての苦情・中傷の類は一切受け付ける気はありません。


観覧は自己責任でお願いします。

「どんと来い!」という方は↓スクロール↓してご覧ください。




















第3章:マタニティブルー



血糖値も下がり、これでやっと平穏な妊婦ライフが送れるものと、ひなは安堵していた。
しかし、退院後の検診で、またしても恐るべき指導がされてしまった。

【@産婦人科】
「デフォルトで体重があるので、これから出産まで体重は増やさないでくださいね」
担当医の言葉に、ひなは耳を疑った。
「え?増やさないって、これから先、体重計の針が動かないように頑張れ・・・と?」
「うん、大変だろうけど頑張ってね。増えると、お産が大変になっちゃうからね」
「は、はい。頑張りマス・・・」
とりあえず頑張ると言ってみたはいいが、胎児・胎盤・羊水etcの重さで軽く7〜10キロは体重が増えるという事は
ひなも予備知識としては知っていた。
にも関わらず、それを無視して体重を増やすなと?!
つまり妊娠中にその分痩せろって事かよ!
妊娠中にダイエットしていいのか?!
いろんな不安がどっと押し寄せてきた。
たとえダイエットしたとしても、腹の子は勝手にひなの体から必要な栄養素をギュンギュンと吸い取っていくであろうから
腹の子の心配は別にない。
問題はあたし自身だ。
産んだはいいが、体力も無く、骨もケソケソな状態になってしまうんじゃないだろうかと、ものすごく心配になってしまった。
そんな風に考えていたせいで表情が暗くなっていたひなに、医者は笑顔で言った。
「赤ちゃんのために、お母さん、頑張ってね!」
赤ちゃんのため・・・?お母さん・・・?
ひなは何となくその言葉に違和感を覚えつつ、今度は内科に向かった。

【@内科】
「血糖値、ちょっと高いねぇ・・・」
ものすごい険しい顔で担当医が言った。
ひなはまたしても耳を疑った。
退院指導を受けた時に正常値と言われた値をギリギリのラインでキープしていたからだ。
血糖値を下げておくポイントは大まかにいって3つ。
・規則正しい時間に摂る食事
・決められたカロリー内に収まったバランスの取れた食事
・適度な運動
バランスの取れた食事っていうのがまだ慣れてなかったせいもあってあまり自信はなかったが、
運動と食事時間にだけは最大の注意を払って生活してきたはずだった。
しかも、血糖値の検査結果を見て「報われてるー!」って喜んだぐらいなのに、それでも血糖値が高いとは・・・!
ひなは素直に、食事のバランス面での不安を打ち明けた。
すると担当医はその面についてはしょうがないよねーと言いながらも
「妊娠中は血糖値が上がりやすくなってるから、通常の状態よりも血糖値を下げておいてほしいんだよね」
・・・はい?
「今の状態は、通常の人なら全然問題ないんだけど、あなたは妊娠してるからねぇ」
「じゃぁ、妊娠前よりも血糖値を下げておかないと良くないんですか?」
「できればそのぐらい下げてほしいんだけど・・・」
そんなぁ〜〜〜!
ただでさえ血糖値が上がりやすい状態で、通常より低く血糖値を保てなんて、どうすりゃいいのさー!
思わずオロオロするひなに、担当医はトドメを刺した。
「今回より下がらないようだったら、毎日インシュリンの注射するしかないかな」
嫌ぁぁぁぁぁぁ!
半ばパニックになっているひなに、元気付けるように担当医がフォローした。
「元気な赤ちゃんを産むためだと思って、頑張ってね。もう、お母さんなんだから」
「・・・はい。頑張ります」
抜け殻のようになった気分で、ひなは病院をあとにした。


とにかく、アレだ。
これから産むまでに最低でも7キロは体重を落とさなければいかん。
ついでに血糖値も精一杯下げなきゃいかん。
産むまで、その2点に注意を払って生活しなければならなくなった。
ひなは腰痛持ちの腰にムチ打つように毎日近所を歩き回り、食事にも神経を使って頑張り続けた。
全ては腹の子のためだと、自分に言い聞かせ続けた。

そして一ヵ月後の検診がやってきた。
体重は3キロ落ちていた。
しかし、血糖値に変化はなかった。
「・・・インシュリン、打つ?」
「いや!もうちょっと頑張らせてください!」
ひなは必死で内科の担当医に懇願した。
確かに血糖値に変化はなかったが、食生活がかなり改善されているというのが検査結果でも明らかになっていたので
担当医は無理にインシュリンを打つ事はしなかった。
「でも、次の検診でこのぐらいだったら、インシュリン打とうね」
そう。全ては次回の検診にかかっている。

病院の帰り道、ひなはとてつもなく悲しい気分にひたっていた。
あれだけ頑張ったのに、血糖値が下がらなかった。
一応、体重は落とせたけれど、これから先も頑張らなければまた増えてしまう。
なんてったって、腹の子は育っているのだから、ヤツの体重増加のスピードを超えるほど減らさなければ
あっという間に体重は増えてしまう。
残された期間は約4ヶ月。
ものすごい脅迫観念が、ひなの胸にふつふつと湧いてきた。

毎日歩き、食事に注意して、キリキリする神経を抱えながらもひなは闘った。
ある日、実家に遊びに行った時だった。
「ほら、ビタミンは体にいいから、ミカン食べなー。甘くておいしいよー」
母がひなの前にミカンをいくつか並べた。
その瞬間、ひなの中の何かがプツンと切れた。
「食べられないよぅ。食べたら体重増えちゃうもん。血糖値だって上がっちゃうもん!」
そんな事をわめきながら、ひなはその場に泣き伏してしまった。
母は、ミカンを握り締めて泣きわめく娘に呆然としたまま固まっていた。
いっぺん泣き出してしまったら、止まらなくなってしまった。
体重を増やさないように言われて頑張っている事、血糖値を上げないように気を使いまくっている事。
そして、そんな生活に疲れきってしまった事。
後から後から口をついてあふれてきた。
「だって、アンタ・・・。子供のためならしょうがないじゃないの・・・」
母がそう言ってなぐさめてくれた瞬間だった。
ひなは、どうしてこんなに辛いのかが、初めて分かった。
「みんなが言うよ。子供のために頑張れって!でもさ、それじゃあたしはどうなのよ!」
「あたしは・・・って・・・・・・」
「腹の子さえ無事なら、あたしはどうなってもいいの?! あたしは、こんな思いをするために妊娠したんじゃないよぅ!
 妊娠したって、楽しい事なんか一っつもない!こんなんだったら、赤ちゃんなんかいらないよー!」
口に出して言う言葉ではなかったと思う。
でも、その時は止める事ができなかった。

正直、赤ちゃんがほしくて妊娠したわけではない。
気が付いたらできていた。それだけだ。
むしろ、子供はいなくていいとさえ思っていた。
なのに全ては腹の子優先で生活が回り始め、腹に子がいるというだけで突然お母さんにされ、お母さんとしての行動を要求される。
別に腹を蹴られるわけでもなく、ただ「腹にいますよー」って超音波写真を見せられただけなのに
お母さんの気持ちになれって言われたって無理がある。
属性的には腹の子の母だというのは理解できるが、自分自身が腹の子の母としての実感をまだ持てなかった。
「解る」と「出来る」は別なのだ。
それでも周囲からは「出来る」事を望まれ、出来なければ母親としての努力が足りないと言われ、
赤ちゃんがどうなってもいいのかと脅かされてしまう。

この頃よく言われた
「元気で丈夫な赤ちゃんを産んでね」
という言葉すら、正直、重かった。
元気で丈夫な赤ちゃんが産める保障なんてどこにもないからだ。
どんなに気を使っていても、病気でひ弱な赤ちゃんが産まれる場合だってあるのだ。
けれども、きっとそんな状態の赤ちゃんを産んでしまったら、真っ先に責められるのは間違いなく母親だ。父親ではない。
同じ腹の子の親でも、母親サイドの責任は限りなく重い。
なんてったって、命が芽生えた瞬間から子は母親の腹で成長していくのだから。

自分自身、別の命が腹にいる実感すらない状態にも関わらず、ヤツは生きている。
腹の中のその命を守れるのは自分しかいないと理解した瞬間、果てしなく重い責任感がズッシリとのしかかっていた。
しかも、腹の子が死んだら自分も死んでしまう場合だってある。
命、一蓮托生。
そんな責任の重さに、ひなはつぶされていた。
人間1人、生かすも殺すも自分の行動1つだと理解した瞬間、どうしたらいいのかわからなくなってしまっていた。
「もう、腹の子が可愛いなんて、ちっとも思えない。妊娠なんか辛いだけだよぅ・・・」
思っている事を全て吐き出して、そう言ってひなは泣き崩れた。
「そんなに辛い思いしてたんだ・・・。おかーさん、代わってあげられるなら代わってあげたいけど・・・、ごめんね・・・」
母が泣きながらポツリと言った。
全てが不毛だった。
代わってもらえる事でもなければ、たとえ泣きながら思いを吐露しても解決する問題ではないからだ。

この頃のひなは、相当まいっていた。
食べるもの全てがただの脂肪の塊に見えたし、実際に食事を摂り終わった後で
「体重が増えたらどうしよう」
なんて不安になって、その途端に気分が悪くなって、胃液が出るまで吐いたりする時もあった。
夜、家に一人でいるのがすごく不安になり、ダンナが帰ってくるまで車で外に出かけていたりする事も多かった。
ある夜、赤信号で車を止めていた時に、ふと、
『このまま赤信号つっきったら、うまくしたら死ねるかな・・・』
などと思ってしまった。
うまくしたら死ねるかな、というのは、自分ではない。
腹の子の方だ。
腹の子さえいなければ、楽になれる。
そんな考えを一瞬でも持ってしまった自分に激しく嫌気がさした。

「いっそ、あたし、死んだ方がいいのかもしれない」
そんな言葉を皮切りに、ダンナに自分の気持ちを全て打ち明けた。
泣きながら告白する様子を見ながら、ダンナは黙って最後まで話を聞いてくれた。
全てを話し終わって、頭の中が真っ白になったひなに、今度はダンナが口を開いた。
「妊娠ってさ、いい事ばかりクローズアップされがちだけど、本当はそうじゃない事っていっぱいあると思うよ。
 今は大変な事の方が多すぎて、きっと疲れちゃってるんだよね。だけど、無理なんかしなくていいんだよ?
 自分で出来るだけの事をしてればいいんだよ。ひなが気持ちよく過ごせれば、腹の子だって気持ちよく過ごせると思う。
 だから、まずはひながのびのび過ごせるようにしよ?な?」
ダンナの言葉で、コチコチに凝り固まった気持ちがほぐれていくような気がした。
むしろ、その言葉を聞きたかったんだと思った。
《腹の子のために、お母さんとして頑張る》のではなく、《お母さんが調子よければ腹の子も調子よくなる》。
うん、これだよ。
本来はそうあってしかるべきなんだよ。
妊娠中に一番大切にしなければいけないのは腹の子じゃない。
母体だ。
大切な母体にムチ打ったところで腹の子がいい状態になるわけがない。
妊娠する前と同じく、無理しなければいい。それだけの話だ。
普通に考えて体に悪いと思われる事は避ければいいだけだ。
どうしてそんな簡単な事に気が付かなかったのだろう。
そう思ったら、ものすごく気が軽くなった。
どっちかというと、『開き直った』という表現が正しいのかもしれない。

それからのひなは、かなり変わった。
検診でイイ結果が出た日はおいしいご飯をご褒美として食べるようにした。
無理して歩いていた散歩コースをやめて、のんびりモッタリと、気分と体調任せに散歩してみるようにした。
それだけでかなりストレスもなくなった。

快適な妊婦ライフを過ごし始めたなーと思い始めた頃、1つのCMが目にとまった。


部屋で泣いている赤ちゃんと向き合っている若い母親。
母親は「どうしたの?お腹すいたの?」とか言いながら赤ちゃんをあやしているけれども、赤ちゃんは全然泣き止まない。
母親はそんな赤ちゃんの様子に途方にくれて、しまいには「泣きたいのはこっちだよぅ」と呟いて泣き出してしまう。
すると、泣きわめいていた赤ちゃんがピタリと泣き止んで、母親のひざにそっと手を置いて心配そうに母親の顔を覗き込む。
その動作に母親はハッとして、赤ちゃんを抱き上げて「ごめんね・・・」と謝る。
そこにナレーション。

『だんだん、母親になっていく』


あぁ、そっか。
最初からいきなり母親になるなんて、無理な話だったんだな。
どのぐらいから母親な気持ちになっていくのかはわからないけれど、きっと嫌でもそうなっていくんだろう。
ならばその時を待っていよう。
そんな風に思えるようになった頃には、ひなのマタニティブルーはすっかりと消え去っていた。


厳しいマタニティブルーにひたりまくってどん底まで落ち込んだりもしたが
ようやく自分の気持ちに区切りをつけて快適な妊婦ライフを送ろうと心に決めたひな。
しかし次の検診で我が子の異様な姿を目にする事になろうとは
夢にも思っていなかったのであった。
次回「出産への道」は「初めて見る我が子の顔」をお送りします。

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